[荒川区議会議員] とりがい 秀夫 安全・安心社会が私の基本です
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とりがい 秀夫

 


昭和24年1月南千住に生まれ。昭和58年4月、34歳初当選。
平成17年5月より54代議長就任。私にとっての半世紀を振り返ってみます。
 
貧しかった少年時代
 

7人兄弟の末っ子として生まれましたが。家も十坪位で、汚くぼろ屋の生活でした。もっとも当時の汐入は大半が貧しかったのでお互いに貧乏生活は苦になりませんでした。ただ小遣いももらえないので小学3年から6年まで新聞配達を始め小遣いを作りました。休んだのは4年間で8回。朝刊が正月の4回。夕刊は5月5日の4回。今の勤め人よりずっと働いていました。中学からは牛乳配達になりました。当時は小学生からアルバイトをする子供たちは当たり前でした。

 

親からは何の教育も受けませんでしたが「我慢する心」「健康な身体」「五体満足」などを戴き感謝しています。
中学ではバスケット部と中距離走で荒川区では3位でした。


世界一周に憧れる青年時代
 

中学校2年の時に仕事をしながら世界一周をしたく、外国航路の船員になる夢が膨らみ、高校は伊豆大島にある大島高校海洋科に進みました。親元を離れて3年間、毎日太平洋の大海原を見て、煙たなびく三原山を望みながらの寮生活は新鮮と驚きの連続でした。当時、同級生に志村道夫君がいました。彼のおじさんが世界一の海運会社「日本郵船」の総務部長をしていたので入社試験だけを受験させていただき無事入社することが出来ました。

 

入社後は4年間船員として世界5周回りました。同時に預金も300万円ほどあったので自分の家を立てることが出来ました。自分の家を21歳で建てたことでこの時、自分の心にあった「貧乏生活」からの脱却したのだと思いました。人と仲良くしておくとどこで助けられるかわかりません。人の人生は良くなるも、悪くなるも自分の心がけ次第だと思います。


区議会議員に挑戦−本当の実社会へ
 

「日本郵船」退社後一人でイギリスとデンマークへ旅に出ました。イギリスでは下宿をしながら英語学校に通いました。その勢いでデンマークではアパート暮らしをしながらホテルで働きました。この頃の北欧での手厚い福祉の様子を見たことが区議会議員に立候補する動機になりました。帰国後、大学も行っていなかったので明治大学に進みました。25歳で入学、26歳で立候補、落選。27歳で結婚。28歳で長女誕生。30歳で2回目立候補、落選。

 

31歳で西川太一郎都議(現区長)の秘書。34歳で3回目の挑戦、見事10位で初当選。忙しい時代でした。振り返って初当選を分析すれば、馬力はあるが信用のない(どこまで出来るかという)私を、信用のある西川都議が応援してくれた図式ではないでしょうか。とにかく西川後援会の応援はすごいものでした。当選後は期数を重ねるたびに副委員長、委員長、予算委員長、副議長、と役割も大きくなり平成17年5月より議長に就任しました。これからも更に磨いていこうと思います。
応援してください。


趣味は俳句や様々なことを考えながらの90分ウォーキング。清里や日光などの散策。
50歳から始めた下手なゴルフ、95〜98位。選挙の事を考えること等々。

大島高校カッター部

大島高校カッター部

 

世界一周航路 乗船 ニューヨーク沖にて

世界一周航路 乗船 ニューヨーク沖にて

 

エジプト アレキサンドリアにて

エジプト アレキサンドリアにて

 

議長席にて

 

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